Mag-log in白川駅の駅前だった。 午前十一時過ぎ。 辺りは行き交う人々で溢れている。若者が多く、カップルの姿も見受けられる。ガヤガヤとした話し声が響いていた。少し遠くからは路上で弾き語りをしている男性のギターの音と歌が聞こえてくる。オリジナルであり修行中のようで、少し粗が目立つ。だけど不思議ともう少し聴いていたいと思った。弾き語りの男性の前には小さな人だかりができている。スマホで撮影をしている人もいた。撮影オーケーのようだ。子供連れが通りかかり「あの歌聴いたことある」と声を上げた。親が「聴いたことないでしょ」とたしなめている。晴夏は壁のそばで突っ立ったまま、静かに拝聴を続けた。空は澄み渡るような快晴である。 ニキトとはすでに顔写真を交換してあった。彼の現実の顔はゲームとは違う。全体的にアバターよりも少し大人びている。髪型は相変わらずソフトモヒカンだった。今から会うのが楽しみである。 やがてニキトが改札口のある室内の扉から現われて、こちらへ歩いてきた。格好はカジュアルな黒のTシャツにグレーのチノパンである。茶色いショルダーバックを肩に引っかけている。 晴夏は思わず笑顔になった。写真よりもずっとイケメンである。目鼻立ちがすらっとしていた。それに背が高い。175cmはありそうだった。黒のTシャツも似合っている。彼が気づいて右手を上げた。 「は、晴夏、待ったさ?」 目の前で立ち止まる。 晴夏は首を振った。 「大丈夫です。私もいま来たところですよ」 ニキトがこちらの姿をそっと眺める。そして親指を立てた。 「晴夏は、ゲームで見るよりもずっと美人さ」 「ありがとうございます」 「その白いワンピース、似合ってるよ」 「本当ですか?」 「ああ、女神みたいさ」 「くぷぷ、それは言い過ぎですよ」 「本当だって」 「ありがとうございます」 ニキトが嬉しそうに顔を赤らめている。何だか可愛い。晴夏の胸が熱くなった。触れたいと思ってしまう。だけどまだ会ったばかりだ。それに、自分から手をつなぐ勇気はない。 ニキトが「行こう」と言ったので、晴夏は頷いた。並んで歩き出す。お昼は市でも有名なお蕎麦屋さんで食事をすることにしていた。晴夏が道案内である。 道中、二人の会話はゲームのことだった。共通の話題はそれほどまだ無い。だ
あれから一時間が経過し、女性たちはデスペナルティを終えてログインしていた。 キャルル丸の頭には花かんむりが載せられている。 トウマが音頭を取った。「それじゃあ、キャルル丸の歓迎とギルドバトルの優勝を祝して、乾杯!」「「かんぱーいっ」」「きゃるるぅっ!」 コップをぶつけ合う音があちこちで重なった。 トウマの考えていたことはこれである。 キャルル丸の歓迎会をやったことはまだ無い。だから今日という絶好の日にお祝いをしてあげたかった。 白いテーブルクロスのかけられた丸いテーブルをみんなで囲んで座っていた。キャルル丸だけは立ったまま深い器に入れられたミルクをぺろぺろと飲んでいる。テーブルには蝋燭の灯りがあった。天井には魔導具のシャンデリアがあり、辺りをしっとりと照らしている。他に客はおらず、グラスオースの貸し切り状態だった。ベルフラウがワインをごくごくと一気に飲み干してテーブルにグラスをとんと置いた。頬がほんのりと染まっており、喜びに溢れている。彼女が右手を上げてウェイターに目配せした。やってきたウェイターにアメジスコッチという最高級のお酒を注文する。ウェイターが瓶をすぐに持ってきて、その紫色の液体をグラスに注ぐ。ベルフラウは香りを楽しむようにグラスを回した。それから液体の半分を口に含む。「美味しいわ」と満足そうな声を上げた。 ニキの隣ではキャルル丸が巨大な骨付き肉をかじっていた。花かんむりが華やかである。豪快に焼き上げられた香ばしい肉を牙で引きちぎり、頬を膨らませてむしゃむしゃと咀嚼する。味わっているのかつぶらな瞳が緩んでいた。骨まで食べ出す始末だ。ガリガリと音が響いている。太い尻尾がぶんぶんと揺れていた。花かんむりが嬉しいのか「きゃるるぅっ」と高い声で鳴いていた。 配信ドローンはない。 トウマはみんなから預かった金をすでに返していた。視聴者からの投げ銭の分配も行ってある。だけど、賞品のAランクスキンカード選択券は一つしかなかった。これはどうすればいいだろうか? トウマの隣にいるベルフラウが絡んでくる。「ねえトウマ。あたし、優勝戦は全然活躍できな
トウマの目の前には夜月がいた。 岩壁に囲まれた半円形のフィールドである。土は柔らかく雑草は少ない。生温かい風が吹いていた。びゅうびゅうと風音が鳴っており、二人の前髪がなびいている。夜空では小さな三日月に座っているアルテミスがクスクスッと笑った。二人の勝負を見極めようとしているようだ。フィールドの中心で、二人は睨みあっていた。沈黙が流れていた。 可愛いは正義勢:トウマさん、頑張って! キャルル丸の世話係:団長対決ですね! ゲーム一筋一千年:トウマさんならきっと勝つと思う! 夜月しか勝たん:夜月さん、さあ、やっちゃってください! ユキナ:見に来ました。 シロハ:団長来たの!? メルフィ:ユキナ! 夜月がせせら笑うような声を響かせる。「トウマさん、どうして攻めに参加しなかったのですか? 貴方が来れば、もっとマシな戦法を取れたかもしれないのに」「俺は仲間を信じているからな」 トウマは凜々しい顔つきでつぶやいた。 夜月が眼鏡のふちをくいと上げる。「何か、とっておきの作戦がおありになるのですか?」「あったとしても、バラすと思うか?」「……なるほど。まあ良いでしょう。それでは、蹂躙させていただきます」 夜月が右手にサーベルを構えた。右手に左手を添える。 トウマもブラウンのステッキを掲げた。 息もできないような沈黙。 次の瞬間、夜月が動いた。 走りだして、トウマにサーベルを振りかぶる。「はあっ!」「来い!」 ブラウンのステッキでトウマがサーベルを受け止める。 夜月がニヤリと笑みを浮かべた。二連撃目がトウマの肩を斬り裂く。三発目、四発目も腹にもらってしまった。夜月はトウマの防御をいとも簡単にかいくぐっている。まるで未来が見えているかのような剣さばきだ。眼鏡が怪しげにピカピカと光っている。「雑魚雑魚雑魚、雑魚なんですよ! 貴方は」 トウマは気づいた。バックステップを踏んで距離を取る。「その眼鏡、伊達かと思っていたが、まさか魔導具か?」 夜月は眼鏡のふちをまたくいと上げる。「ご名答! この眼鏡はプレディクトレンズ。相手の筋肉の動きから一秒先の未来を映し出します」「卑怯者だな」「何とでも言ってくださいよぉ。さあ死んでください。トウマさぁん」 可愛いは正義勢:プレディクトレンズなんてあるの? キャルル丸の世話係:チートだな
ニキを乗せたキャルル丸が走っていた。 柔らかな地面の上、土を蹴り飛ばして全速力で後退する。ニキは振り落とされまいと手綱を強くたぐり寄せた。夜空を見上げると、いつの間にかアルテミスのような女神が浮かんでいる。小さな三日月に座ってギルドバトルを眺めていた。両手を頬に当てており、興味津々と瞳を光らせている。優勝戦は凝った演出である。 攻めのメンバーはニキとキャルル丸しかもう残っていない。 だから味方陣地へと帰還して、トウマと一緒に戦うべきだった。 人数ではまだ勝っている。(みんな、よく戦ったさ) 後は男たちが頑張らなければいけない。 やがて味方陣地の半円形のフィールドに出る。 トウマはフィールドの中心で地面にあぐらをかき、目をつむっていた。瞑想でもしているのだろうか? ニキはあきれたように口をぽかんと開いた。(何やってるさ!)「トウマさん!」「きゃるるぅっ」 炎上しろ:おい、グラスオースの団長がやる気ないぞw 夜月しか勝たん:夜月さん、トウマを蹂躙キボンヌw レディミラージュ:夜月とモナが迫ってきているわよ。 シロハ:トウマさん何してんの! メルフィ:今すぐ立って立って! トウマが青い瞳を開いた。「よっと」と言って、地面に手をついて立ち上がる。こちらに顔を向けた。「ニキさん、状況を報告してくれ」 トウマの隣でキャルル丸が足を止める。身体を旋回させて正面を向いた。「トウマさん、残っている敵は夜月とモナだけさ! だけど、俺っちたち以外の味方はみんなやられちまったよ」「そうか」「そうか、じゃないさ。トウマさん、やばいよ!」「狼狽えるな」「う、狼狽えるなって言われても……」「ニキさん、キャルル丸。夜月は俺がやる。モナが来たら引き離してくれ」「わ、分かったさ!」「きゃるるぅ!」 やがて、左の通路から夜月とモ
可愛いは正義勢:ウミちゃん、尻尾モフモフ頑張って! 夜月しか勝たん:夜月さんによる拷問ショーの始まりw 賭け金返して:まだ大丈夫だって! グラスオースの方が人数で勝ってるから! シロハ:どうしてトウマさんは来てくれないの!? メルフィ:動いてトウマさん! 銀色の巨大な月が間近にあった。戦っているプレイヤーたちはまるで月の魔力に操られている人形のようである。岩壁に囲まれた半円形のフィールドであり、柔らかな土の地面だった。晴恋はぶるぶると震えそうになる身体を必死にこらえていた。 これまでに特訓はした。やれることはやった。そしてベルフラウが三人も倒してくれた。だとしたら、自分たちで残りの夜月とテレサを倒すしかない。 フィールドの左側ではニキとモナの激しい撃ち合いが続いている。ニキとキャルル丸の助力は期待できそうにない。 正面ではウミとアイギスが必死に戦っていた。テレサに向けて攻撃を繰り出している。それこそ全力だった。ウミがソウルメモリーを使用しており、身体が炎にくるまれている。 テレサの後ろから、夜月がサーベルを片手に歩いてきていた。(私に何かできることは!) 晴恋が歯を強くかみ合わせる。 手札は二枚あった。 そのうちの一枚を切ることにする。晴恋が唱えた。「ステータスオープン」 中からニンジンを取り出す。テレサに向けて投げつけると共に叫ぶ。「お馬ちゃん、餌をあげるよ!」「ぶるるっ」 テレサはすぐに反応した。前足を地面につけて、転がったニンジンにかじりつく。もしゃもしゃと食べた。すっかりと油断している。「晴恋さん、ナイスですぅ!」「晴恋!」 ウミとアイギスが褒めるように叫んだ。テレサの背後に回り、二人でお尻を攻撃する。アイギスはためらいなく股間を狙っていた。急所への攻撃にはダメージ補正がかかる。「くぷぷ、私だってやるんだから」 晴恋は笑いをこぼすと共に指示棒を振る。水玉が連続で射出されて、テレサの横っ腹に
可愛いは正義勢:ウミちゃん、頑張って! 晴恋頑張れ:優勝決定戦が始まったな。 賭け金返して:グラスオースを20万ヴァル分買ったおw 夜月しか勝たん:夜月さんの変態パフォーマンスがあると聞いて。 炎上しろ:今日は視聴者数が格段に多いな。 キャルル丸の世話係:可愛いキャルル丸に期待。 シロハ:トウマさん、優勝を祈っています! メルフィ:トウマさん、約束通り見に来ました。 レディミラージュ:ベルフラウさんがまたやっつけちゃうんじゃない?w ログネストの寄生虫:優勝戦は魔物が出るからな。 ウミちゃんの水着で鼻血ブー:夜月をどう止めるかだな。 優勝決定戦が開始された。 岩壁に囲まれた半円形のフィールド。味方陣地の奥には青いクリスタルのオブジェがある。石造りの台座の上に設置された青い球体だった。クリスタルにもHPバーがあり、少々の耐久力がありそうだ。柔らかい土の地面の上。正面には地面がそのまま隆起したような丘がある。その左右には通路があった。ベルフラウは両手の甲を腰に当てて顔を硬くしている。気分だけがやけに高揚していた。 すでにパーティは組んである。 ニキがキャルル丸にまたがり、相棒に力強く告げる。「キャルル丸、真っ直ぐ上に飛ぶさ」「キャルルアアアッ!」 ――ルミナスウイング。 光の翼でキャルル丸が浮き上がる。隆起した丘よりも高く上昇した。偵察任務である。 可愛いは正義勢:ニキさんずるいw 賭け金返して:キャルル丸の偵察スキルw 夜月しか勝たん:おい、それは反則だろ! 夜月がニキの視線に気づき、苛立たしげに睨みつけた。やがてルミナスウイングが終わり、キャルル丸が着地する。ニキはトウマに報告した。「トウマさん、敵は動かないさ」「……やはりか」 読み通りというふうにトウマは二度頷く。 一昨日のセレクターvsオンリーレディ戦の録画でも、夜
ゴーレムを倒し終えると、ノーファンの村へと二人は転移した。 辺りには木造りの民家が立ち並んでいる。遠くを見ると森や山があった。地面は土。その道路で、トウマとウミは隣り合って佇んでいた。 「普通の村だな」「そのようですね」「とりあえず、狩り場に行くついでに、村を見て回ってみるか」「はぁい!」 二人で並んで歩き出す。 すぐに他プレイヤーの姿があった。 横切っていく通行人。その顔色は明らかに沈んでいた。他にも座り込んでいる女性がいた。壁にもたれかかっている男。空を見上げている魔法使いふう。誰もが死んだ魚のような目をしている。 異変に気づいたウミが声をひそめてつぶやく。不安に揺れ
ロッジのような一室。木造りの天井と丸太で出来た壁。そこのベッドにユウマは腰掛けていた。 ここがゲームの中らしい。 顔の前にはステータス画面のような半透明の青いボードが浮かんでいる。 システム音声が響いた。 「プレイヤー様。VALORIUMオンラインの世界へようこそ!」 「あ、はい」 「まず、プレイヤー名を決めてください」 「トウマで頼む」 彼の本名は冬野悠馬である。 「トウマ、その名前は使用できます」 「良かった」 「次にゲーム内職業を選んでください」 画面には様々な種類のジョブが並んだ。 そして右上には特別コード入力の文字。そこをタップして、暗記し
ログネストの玄関は広い空間になっている。背の高い天井。タイル敷きの綺麗な床。 しかし、空気は息苦しいほど重かった。 今も、通路からドリンクを汲みに来た利用客がある。ちらりと振り返ると、寝ていないような疲れた顔をしていた。 ふと隣には男性店員に連れられた太り気味の客がやってきた。太り気味の客は男性店員に頭を下げて大声を出す。 「待ってください! あと五時間、五時間プレイできれば、ヴァルを払えそうなんです!」「お客様、すでに退室の時間でございます」 (……ヴァル?) 背中に鳥肌が立つのを感じながらユウマはカウンターに向き直る。 茶色い受付台を挟んで、ユウマの前には女性店員が立って
それは、どこにでもある小さな“シアワセ”だった。 朝。寝息を立てているユウマの肩に、妻が優しく手を置く。 「ユウマ、起きて起きて」「むにゃむにゃ、もっと寝てたい」「駄目。会社に行く時間よ」「ぐぐー、ん、朝?」 瞳を開く。目の前には妻の優しい笑顔があった。ユウマはダブルベッドから上半身を起こし、右手を口元に掲げて大あくびをする。 「ふわあ」「あら、大きなあくびですこと」「朝食は?」「出来ています。着替えて、ダイニングへ来てくださいな」「ああ、分かった」 クスッと笑って妻が部屋を出て行く。スリッパの足音が遠ざかって行った。 ユウマはベッドから出て支度をする。ワイシャ







